・・・今日は、どうぞごゆっくり遊んで下さい。・・
8月富士山
8月6日~8日、仲間三人で富士山撮影にでかけました。4月以来4か月ぶりでした。
九州方面に向かった迷走台風5号が東方面へ向きを変えようとしている動きが気になったのですが、4日まで花火見物で長岡に滞在していたため、対応への動きが取れず、結局気分は沈みがちながら予定通り出かけることになりました。
6日午前中は、一人で梨ケ原・山中湖パノラマ台・花の都公園をロケハン、富士山見えずで空まわり、午後も曇天で、早めの宿入りでした。
台風の動きに一喜一憂でしたが、6日午前中は以外にも好天になり、久しぶりに富士山とご対面、撮影ができました。今まで「芳しくない予報もそれはあくまでも予報、まずは現場に入らなきゃ・・、それでだめなら仕方がない、それが富士山撮影だよ・・」と教えを受けてきましたが、今回はそれが生きた教訓になりました。
7日午後から8日は雨でした。
撮影の様子をご紹介いたします。大橋昇
1.山中湖14夜月
7日午前3時に14夜月が富士山頂に沈むことで、月光・雲などの情景撮影が狙い目でした。
幸いに晴れて、雲もありました。
<沈む14夜月>
デジカメでISO1600で撮影、画質が荒いのですが、雰囲気をお察しください。
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<フイルム>
14夜月が明るく、一方富士山は暗くて露出が難しくて、結局お気に入り作品はできませんでした。
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2.山中湖:月落ち後の情景
富士山頂から月が沈んだあとの情景です。雲が月明りで輝いていrました。
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3.かさ雲
宿からは富士山が見えないのですが、朝食後窓からかさ雲が出ている様子が判り、急遽出かけました。
一番近い山中湖平野へ、台風の余波でかさ雲が出現。でもバックが白なのが残念でしたが、でも「台風接近」の情景に出逢えました。
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4.シシウド
ロケハンで撮った梨ケ原のシシウドです。
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夏休みで定宿が取れず、インターネットで探索した山中湖民宿に泊まりましたが、以外にも6日はわれら三人のみで貸し切りでした。
7日は、宿側が大学生で騒がしくなるから、静かな方がよいでしょうと、わざわざ別の宿を手配してくれたのがペンション。洋風の建物で、富士山撮影では初めての洋食でしたが、落ち着いた静かなペンションでお気に入りでした。
4か月ぶりの富士山でしたが、撮影と仲間との交流は本当に楽しいことをあらためて感じました。意気投合して10月にも一緒に楽しましょう、ということになりました。期待しています。
大橋
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# by oohasik | 2017-08-14 06:33 | Comments(0)
長岡大花火2.
前回に続いて、8月2日、3日の「長岡大花火」の模様を紹介いたします。
スケールが大きくて、圧倒的な迫力のある大花火をあらためてご覧ください。
1.花火「天地人花火」
2009年に放映された大河ドラマ「天地人」は、長岡とゆかりの深い戦国武将:直江兼続公の物語であり、花火は兼続公の「愛」をテーマにして合計9か所から、大河ドラマ・天地人の曲に合わせて打ち上げられました。
今年で9年目を迎えています。
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2.花火「ナイアガラ」「正三尺玉3連発」
「ナイアガラと」と「正三尺玉」花火のコラボレーションで、長岡花火名物の一つです。
「ナイアガラ」
信濃川長生橋に仕掛けられた約650メートルの大瀑布の花火です。
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「正三尺玉」
直径90センチ、重さ300キロの巨大な球が上空600メートルまで、「慰霊」「復興」「平和への願い」の3発が打ち上げられました。
<慰霊>三尺玉
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<復興>三尺玉
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<平和への願い>三尺玉
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3.花火「この空の花」
2012年に長岡花火を題材にした映画「この空の花・長岡花火物語」の公開を記念した花火。
約1000発が夜空に開く美しい花火はまさに圧巻でした。
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4.フィナーレ花火
二日間で100万人を超える人出なので、新幹線乗車の混雑をさkるため、終了前30分に会場を離れました。
このためフナーレの「米百俵花火・尺玉100連発」花火を見ることができませんでしたので、ポスターのコピーで紹介いたします。
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新幹線・長岡駅に向かう途中、ふり返りながら撮った写真です。
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ご覧をいただきまして有難うございました。
S氏のおかげで、このような素晴らしい大型花火を目の前で鑑賞できたのは誠に楽しく嬉しいことでした。
カメラは、レリーズなしの中級デジカメで、花火撮影は初めてでしたが、マニュアル操作で何とか撮れて良かったです。以上
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# by oohasik | 2017-08-09 08:46 | Comments(0)
長岡大花火1.
2010年ベトナム・カンボジア旅行に一緒した新潟県新発田市在住のS氏ご夫妻にご案内をいただいて、8月2日、3日の二日間、「長岡まつり・長岡花火大会」を鑑賞いたしました。
長岡市は、太平洋戦争末期の1945年8月1日に大空襲で市街の約80%が焼失、1500名の尊い命が犠牲になりました。市は復興への意義ある日とするため、翌年8月1日に「長岡復興祭」を開催し、翌1947年に長岡まつり8月1~3日の三日間の内、2日3日の両日に長岡花火を復活させました。以来長岡花火は年々充実し、今年は復活して70年の節目を迎えました。
日本一の大河・信濃川の河川敷を生かしたロケーションで、圧倒的なスケール・迫力に満ちた「長岡花火」は、夜空を埋め尽くすほどの大輪の華が舞いました。感激の二日間でした。
二日間で100万人を超える人出で賑わう花火の様子をデジカメ写真で紹介いたします。
なお、写真は二日間のものを一緒にしていますし、順不同です。
1.観覧席
私たちの席は、信濃川河川敷右岸の土手(傾斜地)に木製板を敷いたところでした。前後左右とも余裕があり、足を前に伸ばせるほどゆったりしていました。
2日は北陸地方が梅雨明けし快晴、夕焼けも見られました。
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2.花火「白菊」
打ち上げの最初に、空襲で亡くなった方の慰霊と平和への願いを込めて、鎮魂花火「白菊」が3発打ち上げられました。
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3.花火「故郷(ふるさと)はひとつ」
2014年に宇崎竜童・阿木よう子夫妻作の長岡人のいろいろな想いを形にした曲「ふるさとはひとつ」が誕生。
2015年、市町村合併10周年を記念し、この歌をテーマにした花火「故郷はひとつ」が打ち上げられ、以来続いています。
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4.復興祈願花火「フェニックス」
中越大地震が2004年に発生。その翌年から復興への願いを込めた花火「フェニックス」が打ち上げれて、今年13年目を迎えました。
花火の巾は約2キロメートルと長く、打ち上げ時間も約5分間と長くて、それはそれは見事な花火でした。
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5.「フェニックス」
花火大会資料からコピーした「フェニックス」。凄い迫力とスケールの大きさが判ります。
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# by oohasik | 2017-08-09 06:26 | Comments(0)
関西・西日本旅行7.:終わりに
6月中旬、在京OB仲間と一緒に尾道(1979年から5年間勤務)に行きましたが、この旅の機会に、大阪・姫路・有馬温泉にも足を伸ばし、家内は尾道の友達と笠戸島・錦帯橋まで行って、4泊5日の大型国内旅行を楽しむことができました。
梅雨入りなのに連日好天にも恵まれました。
大変懐かしい人々との再会と歓談は誠に嬉しくて、これも元気だからこそ実現したものだと喜んでいますし、
家内も友達との話が弾んで、来年には京都に行きましょうと、盛り上がったそうです。

帰路は有馬温泉に宿泊いたしました。
有馬温泉も大変懐かしいところです。
実は、平成7年(1995年)1月に発生した「阪神・淡路大震災」で、私が勤務していた会社の女性社員が神戸で倒壊した家の柱に挟まれてなくなるという悲劇が生じました。会社を代表して私が現地に赴くことになり、当時の国道は大混雑をしていることから、大阪から宝塚市・有馬温泉を経由する山越えの裏街道で神戸に入り、そして葬式を終えての帰路、役目が終わったという疲れと安堵から有馬温泉に泊まったということがありましたが、赤茶色の温泉だったという程度の記憶しかありませんが・・・。
今回は、加入しているクラブの施設泊まりでしたが、4泊の中での温泉は初めてでした。やはり温泉はいいですね!!。
ホテルは高台にあり、ロビーからの景観です。
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ご覧をいただきまして誠に有難うございました。お礼申し上げます。
皆様のお元気でご活躍を願っています。
大橋昇
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# by oohasik | 2017-06-25 09:03 | Comments(0)
関西・西日本旅行6.:大阪城
6月中旬の尾道行きの途中、大阪に寄って、昨年2月メコン川クルーズでご一緒したH夫妻と再会して楽しく歓談・宿泊し、大阪城の観光もできました。
30有余年のサラリーマン生活では、名阪神地区に勤務したことはなく、出張で行ったくらいですし、プライベイトの旅行なかったことから、今回の大阪に寄っての大阪城見物と繁華街散策は全く初めての体験でした。
賑やかさやスケールの大きさには驚きましたし、外国人の多さにも相変わらずでびっくりでした。
大阪城の雰囲気を紹介いたします。
1.大阪城
1583年から98年にかけて豊臣秀吉が築城しましたが、徳川との戦や敗戦後の取り壊しでその遺構は少ないそうです。
現在の城郭は、1620年~29年に、徳川・江戸幕府によって実質的に新築に相当する修復が行われた遺構で、現在の天守閣は1931年に鉄筋コンクリート構造で復興されています。
<マップ>
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<ロードトレイン>
場内に「ロードトレイン」が運航されて、観光客の足になっています。
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<大阪城・城郭>
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<城壁の石>
畳36畳分もある大きい石です。どうやって運んできて、積み上げたのでしょうか・・。不思議な思いです。
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2.法善寺・水かけ不動尊
不動尊は水かけで、全体が苔に覆われていました。
その隣には、「夫婦ぜんざい」のお店がありました。
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# by oohasik | 2017-06-25 07:37 | Comments(0)
関西・西日本旅行5.:平山郁夫美術館
尾道市瀬戸田町にある「平山郁夫美術館」を訪れました。
日本画家平山郁夫氏は、昭和5年(1930年)瀬戸田町の旧家に生まれ、1945年の学徒動員で広島市にいた時に被爆した経験をお持ちです。
長年にわたる活躍・業績はご存知の通りで、瀬戸田町「平山郁夫美術館」、山梨県北杜市「シルクロード美術館」や各地の美術館にその作品が収録、展示されています。
1998年文化勲章受章、2009年に79歳で他界されています。
「平山郁夫美術館」は、生い立ちから少年時代の絵画、スケッチ、作品など貴重な平山芸術の資料が展示されています。
ほんのわずかですが、その一端を紹介いたします。
業績・作品などの詳しいことは、インターネットや美術館を訪れてご鑑賞ください。大橋昇

1.マップ・ポスター
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2.美術館内部
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3.作品の一部紹介
<「天かける白い橋」(瀬戸内しまなみ海道)2000年>
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<「ブルーモスク」(イスタンブール・1989年>
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<「月光流砂らくだ行」2001年>
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<因島大橋・向島から望む」1999年>
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# by oohasik | 2017-06-24 10:34 | Comments(0)
関西・西日本旅行4.:耕三寺未来心の丘
耕三寺境内の小高い一角に、2000年10月開設の「未来心(みらいしん)の丘」があります。
イタリアで活躍する彫刻家:杭谷一東氏が設計・製作した「真っ白な大理石庭園」で、イタリアから輸入した大理石3000トンの大理石が使われて、大小さまざまなモニュメントが造られています。
お寺とはかけ離れた、真っ白な丘です。
ギリシャ・サントリーニ島の風景に似てます。
モニュメントを紹介します。大橋昇

<光明の塔>
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<カフェ・クオーレ>
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<風の四季>
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<天猫>
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<そよ風の路>
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<白ししの塔>
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# by oohasik | 2017-06-23 09:41 | Comments(0)
関西・西日本旅行3.:耕三寺1.
耕三寺は、生口島瀬戸田に所在し、現在は市町村合併で尾道市になっています。
30年ぶりに訪れましたが、次回紹介の「未来心の丘」は当時はまだありませんでした。
耕三寺は、母堂逝去の菩提追悼のために、僧籍に入った息子の耕三和上が昭和11年(1936年)から30年かけて建立した浄土真宗本願寺派寺院です。
境内の堂塔は、飛鳥・奈良・鎌倉・江戸の各時代の代表的な仏教建築を模して建立されていて、「西の日光」とも言われています。
檀家・お墓はなくて、博物館として運営されています。
その一部を紹介いたします。大橋昇

<マップ・ポスター>
尾道市街から瀬戸田まで「瀬戸内しまなみ海道」が通じていて、サイクリングで訪れるのも人気になっています。
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<入口>
入口からカラフルで、鮮やかな門でした。
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<孝養門>
日光東照宮陽明門を模して30余年をかけて造られたもので、細かい細工もされています。
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<本堂>
平等院鳳凰堂を模した本堂は修復中で見ることができませんでした。残念です。
本堂に繋がる廊下です。
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<五重の塔>
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<地獄の世界>
境内に「千仏洞地獄峡」があり、地獄観や極楽観が描かれています。
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# by oohasik | 2017-06-23 09:05 | Comments(0)
関西・西日本旅行2.:尾道
尾道は広島県東部地方に所在し、古くから海運・鉄道による物流の集散地として栄えてきました。
最近は「坂の街」「文学の街」「映画の街」として人気があり、観光地としても賑わっています。
私は、この尾道に1979年から5年間勤務した縁で、6月中旬にOB仲間と一緒に訪れて当時交流した皆様とやOB・現役社員と再会し、楽しく歓談をいたしました。
勤務店舗は、終戦直後の昭和21年(1946年)に開設されて約70周年、店舗ビルは昭和50年(1975年)に竣工してから40余年になりますので、店舗の歴史からいっても尾道が古くから栄えていたことが推察できます。
尾道散策の一端を紹介いたします。大橋昇
<尾道中心地観光マップ>
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1.天寧寺
1367年開基された曹洞宗のお寺。
<三重の塔>
境内にある三重の塔は、1388年・室町時代に五重の塔として建立され、1692年に上層部の傷みが激しくて現在の三重の塔に改修されました。
この塔とバックの尾道水道の景観は、尾道を代表するところです。
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<五百羅漢>
全部で526体、江戸中期(1800年頃)から明治初期の約60年間に寄進されたものと言われています。
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2.千光寺
真言宗寺院で806年開基と言われています。尾道古寺めぐりの中心で、ロープウエイもあるので、急坂を登らずに手軽に行けるところです。境内からは尾道市街地・尾道水道・向島を眺望できます。
<ロープウエイから本堂>
本堂は朱色で、赤堂と呼ばれています。
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<鐘楼と尾道水道>
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<尾道水道>
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3.尾道水道と渡船
尾道中心地の向かい側に、尾道水道を挟んで向島があり、渡船が頻繁に運航されています。
また尾道は「造船の街」で、周辺に多くの造船所があります。
<渡船>
乗船料は片道100円。
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<渡船からの眺望>
右上に千光寺があります。
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<造船所のライトアップ>
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4.尾道商店街
アーケードが連なる大きな長い商店街も時の流れで大きく変貌しています。
栄えている店、シャッターを下ろしている店などさまざまでした。
<尾道商工会議所>
商店街の中心地にあり、歴史のある古い建物です。
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<昔:銭湯 今:雑貨屋>
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<朝市>
駅前広場の朝市風景。賑やかさはなく、ちょっとさびしいです。
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# by oohasik | 2017-06-23 06:58 | Comments(0)
関西・西日本方面旅行1.:国宝姫路城
6月中旬、1979年から5年間勤務した広島県尾道市に尾道に縁のある社員OB仲間と一緒に伺い、客先・代理店・OB社員・現役の皆さんと再会し、楽しく歓談をいたしました。
今回は尾道滞在の前後に大阪・姫路・有馬温泉にも寄って4泊5日の国内大型旅行になり、梅雨入りの中連日好天でした。家内は、笠戸島・錦帯橋にも足を伸ばして、友達との交遊を楽しみました。
旅行記のはじめに、国宝姫路城の雄姿を紹介いたします。大橋昇
1.姫路城の歴史
資料によると、姫路城は数多くの城主が治めて、いろいろな出来事があった歴史のある日本三大名城の一つですが、主な出来事は次の通りです。
①1333年ころ、当時は城ではなくて、ちょっとした砦を姫山に築いたのが姫路城の始まりと言われています
②やがて戦国時代が到来し、秀吉の中国地方制覇に向けた動きに呼応して、当時の城主が秀吉に城を献上いたしました
③秀吉は、三層の天守を築城しました
④秀吉の明智光秀討伐への急速な行動に際して、食糧補充や兵士休息に姫路城を活用したことも有名です
⑤徳川家康が関ヶ原の戦いで天下を取った後、池田輝政が入城して大改修をし、5層の天守を築きました。
池田後も次々に譜代大名が姫路城を治めました
⑥1618年、家康の孫:千姫が姫路城主・本多忠政の息子:忠刻と再婚し、姫路城西の丸に居館と化粧櫓が築城されました。「千姫ゆかりの地」として、場内に「千姫の小路」「千姫ボタン園」「千姫天満宮」「歌碑」などがあります。
⑦1993年、世界文化遺産に指定されました
⑧2017年、約5年間の平成大改修が終わって、白い姫路城が戻ってきました

2.姫路城地図
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3.姫路城の雄姿を東西南北から紹介いたします。
①駅前大手前通りから(南)
JR姫路駅を降りると、大手前通りからその姿が見えます。
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②姫路城入口から(南)
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③姫路城三の丸(南西)
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④姫山公園から(北)
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⑤城見台公園から(南東)
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⑥原寸大の鯱瓦の間から見た姫路城
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# by oohasik | 2017-06-22 14:00 | Comments(0)